アクティブ・ラーニングを実践するときの課題は何?


2015年5月30日「信濃国からこんにちは」から


▽一昨日,中野西高校に
 18日に引き続いて授業参観に行ってきました。校長先生のご厚意に心から感謝です。ゼミ生を全員連れて行っただけの価値のある授業を見せてもらうことができ,嬉しく思います。私が見たのは2年物理基礎。先回の同じクラス,同じ科目の授業でしたが,今回も真剣に学ぶ生徒の皆さんの姿が実に印象的でした。先回18日に参観させてもらった時に比べて格段にブレード・アップしていて,H先生の吸収力の凄さと修正能力の高さ等々の有能さには頭が下がります。見応え満点の『学び合い』授業でした。私は学部講義の関係で失礼しましたが,その後,英語,数学と続きました。「どうでしたか?」という私の問いかけに,「素晴らしい授業でした」と参観者からの評ですから,見応えのある充実したものだったようです。凄い学校だと思います。

▽長野県内の進学校と称される
 学校から何十人も参観に来ていたことにはびっくりです。県教委の教学指導課からもお二人も来ていたのですから,注目度は抜群です。私が名刺を渡して「ぜひ信州大学教育学部へ」と挨拶している後から西川純先生が「上越教育大学へ」と挨拶しているのですから,その数の多さは伝わることでしょう。それに加え,保護者の方がお二人来ていました。栄村から,長野市からです。中野西高校に依れば,保護者向けの案内は出していないとのことなので,関心とアンテナの高さには驚きます。

▽その一方で今後のアクティブ・ラーニングの実践への
 課題も指摘されたようです。授業検討会の最後には西川純先生がアクティブ・ラーニングに倫理教育の必要性を説いたとか。文部科学省の定義によれば,アクティブ・ラーニングの文言の中には「学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。」と示されています。倫理的な汎用的能力をどのように育成している授業なのかということがアクティブ・ラーニングの授業を考えるときに重要であるということなのでしょう。まさに指摘の通り。現れる現象だけにとらわれがちですが,その現象だけにとらわれていると本来付けなければならない能力が不十分になりかねません。その現象がどのような倫理的な汎用能力の表出なのかと問われたら,明確に言及できるものを有していなければならないということです。私が講評を求められたなら,おそらく,20年後にどのような大人になってほしいと思って授業をされてますか(つまり20年後にどのような社会的能力を習得させていたいのか,社会的能力の汎用的能力を授業でどのように育てているのか)とか,子どもたちはみんなができるという目標に向かって何ができていたとリフレクションできたでしょうかとか,という言い方をするかもしれません。一昔流に言わせてもらえれば,その授業の中における道徳教育はどのようにお考えですか?と。

▽参観者は,
 マリオネットとして操られていたピノキオを見ていたのではないでしょうか。それは,氏が言うように,本来のアクティブ・ラーニングではありません。現象だけとらえれば,アクティブ・ラーニングかもしれませんが本質的には全く異なります。安易に導入されることが危惧されるアクティブ・ラーニングへの警鐘として,アクティブ・ラーニングをどのように解釈するのかが,かつての総合的な学習の時間にならないことを願うばかりです。マリオネットとして操られていたピノキオの糸を切って,ピノキオが自分で考えて行動する授業にしなければなりません。ピノキオが自分で考え判断し,自由に行動するようになって初めてアクティブ・ラーニングと言えるのです。その意味では,今回の公開は貴重で絶好な機会を提供いただいたと考えられます。各学校で,倫理的な汎用的能力の育成を授業の中でどのように図っていくのかを求めたアクティブ・ラーニングの研修が始まることでしょう。